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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)9268号 判決 1985年4月11日

原告 信用組合大阪弘容

右代表者代表理事 松阪町一

右訴訟代理人弁護士 宅島康二

被告 甲田工業株式会社

右代表者代表取締役 甲野一郎

<ほか六名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 棚村重信

右被告甲田工業株式会社、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野夏子、同甲野秋子訴訟代理人弁護士 塚田十一郎

主文

一  被告甲田工業株式会社、同甲野一郎、同甲野二郎は、各自原告に対し、金六億九〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年七月一日から支払済まで日歩七銭の割合による金員を支払え。

二  被告甲野夏子、同甲野秋子は、各自原告に対し、金一億七二五〇万円及びこれに対する昭和五一年七月一日から支払済まで日歩七銭の割合による金員を支払え。

三  被告甲野春枝、同甲野夏枝は、各自原告に対し、金八六二五万円及びこれに対する昭和五一年七月一日から支払済まで日歩七銭の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし第四項同旨。

2  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

1 原告の被告甲野夏子、同甲野秋子、同甲野春枝、同甲野夏枝に対する訴えを却下する。

(本案につき)

2 原告の請求を棄却する。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年三月一五日、被告甲田工業株式会社(以下、被告会社という。)との間で、手形貸付、証書貸付等継続的取引契約(以下、本件契約という。)を締結し、右契約において、被告会社が債務不履行のとき日歩七銭の割合による損害金を支払う旨の約定がなされた。

2  甲野太郎(以下、太郎という。)、被告甲野一郎(以下、被告一郎という。)は、昭和五一年三月一五日、被告甲野二郎(以下、被告二郎という。)は、同年六月四日、それぞれ原告に対し、被告会社が右契約に基づき原告に対して負担する債務について連帯保証した。

3  原告は、昭和五一年六月四日、被告会社に対し、次の約定で六億九〇〇〇万円を貸与した。

(一) 弁済期限 昭和五六年八月三一日

(二) 弁済方法 昭和五二年一月三一日を第一回として、以後毎月末日に五〇〇万円宛六八回の均等分割弁済とし、別途に右期限までに三億五〇〇〇万円弁済する。

(三) 利息 年一二パーセント

(四) 利息支払方法 昭和五一年六月三〇日まで先払し、以後毎月末日に翌一か月分宛先払する。

(五) 特約 右元利金の支払を一回でも怠ったときは期限の利益を失う。

4  被告会社は、昭和五一年六月末日に支払うべき利息の支払を怠り、かつ元金の分割金の支払をなさず、同日限り期限の利益を喪失した。

5  太郎は、昭和五五年四月二八日死亡し、その子である被告一郎、同甲野夏子(以下、被告夏子という。)、同甲野秋子(以下、被告秋子という。)、昭和五〇年一月一二日に死亡した太郎の子甲野春子の子である被告甲野春枝(以下、被告春枝という。)、同甲野夏枝(以下、被告夏枝という。)が相続により太郎の権利義務を承継した。

6  よって、原告は、被告会社については消費貸借契約に基づき、その余の被告らについては連帯保証契約に基づき、被告会社、被告一郎、同二郎各自に対し、六億九〇〇〇万円、被告夏子、同秋子各自に対し、一億七二五〇万円、被告春枝、同夏枝各自に対し、八六二五万円及び右各金員に対する期限の利益喪失の日の翌日である昭和五一年七月一日から支払済まで日歩七銭の割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二  被告夏子、同秋子、同春枝、同夏枝の本案前の主張

被告一郎、同夏子、同秋子、同春枝、同夏枝は、昭和五九年三月一九日、大阪家庭裁判所堺支部に限定承認をする旨の申述をした。同裁判所は、同年八月八日、右申述を受理する旨の審判をし、被告一郎を相続財産管理人に選任した。そうすると、太郎を相続した被告夏子、同秋子、同春枝、同夏枝らの債務は相続財産の限度内で民法の規定に従って相続財産管理人が相続財産の換価、配当等の手続で債権者に支払うべきものであり、右手続は非訟事件的性格を有し通常訴訟にはなじまないから、原告の被告夏子、同秋子、同春枝、同夏枝に対する本件訴えは不適法として却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実について、被告会社は否認し、その余の被告らは不知。

2  同2の事実について、被告二郎は同被告が連帯保証をしたことは認め、その余の事実は不知。同一郎は同被告が連帯保証をしたことは否認し、その余の事実は不知。その余の被告らはいずれも不知。

3  同3及び4の事実について、被告会社は否認し、その余の被告らはいずれも不知。

4  同5の事実のうち太郎が原告主張の日に死亡し、被告一郎、同夏子、同秋子、同春枝、同夏枝のその相続人であることは認める。

四  抗弁

被告一郎、同夏子、同秋子、同春枝、同夏枝は、被相続人太郎に債務が存在することを全く知らなかったところ、昭和五九年一月一六日本件訴状送達により太郎の原告に対する債務の存在を初めて知ったので、同年三月一九日大阪家庭裁判所堺支部に限定承認をする旨の申述をなし、右申述は同年八月八日に受理された。

五  抗弁に対する認否

被告一郎らが、昭和五九年三月一九日大阪家庭裁判所堺支部に限定承認の申述をし、これが受理されたことは認めるが、右被告らが本件訴状の送達を受けるまで太郎の債務の存在を知らなかったことは否認する。

原告と被告会社との間の前記契約締結当時の被告会社の代表取締役は太郎であり、太郎と被告一郎は被告会社の原告に対する債務につき連帯保証し、太郎死亡後は被告一郎が被告会社の代表取締役となった。太郎は、被告会社の原告に対する借入金債務を担保するため太郎所有の大阪府堺市《番地省略》宅地一〇二・六一平方メートル(以下、本件土地という。)に根抵当権を設定し、被告一郎らは太郎死亡後の昭和五七年二月三日、右土地を乙山松夫に賃貸した。原告は、同年七月一九日、本件土地につき競売開始決定を受け、右決定の正本は同月二四日被告一郎らにそれぞれ送達された。原告は、本件土地の賃貸借によって損害を被るので、昭和五八年一一月一五日、被告一郎ら及び乙山松夫を相手方として大阪地方裁判所堺支部に賃貸借契約解除請求の訴えを提起し、右訴状は同月二五日被告一郎らに送達された。これらの事情からすると、おそくとも、前記競売開始決定正本や右賃貸借契約解除請求の訴状の送達により太郎の積極及び消極の財産の存在を知っていたと言うべきで、昭和五九年三月一九日になされた被告一郎らの限定承認の申述は法定期間経過後になされたものであって無効である。

第三証拠《省略》

理由

一  被告夏子、同秋子、同春枝、同夏枝の本案前の主張について判断する。

右被告らは、太郎の相続について限定承認の申述が受理され、かつ相続財産管理人が選任されたので、原告の右被告らに対する債権は民法の規定に従い、相続財産管理人が行う清算手続で弁済されるべきものであるから、右被告らについては原告は訴訟手続でその履行を求めることはできず、原告の右被告らに対する訴えは不適法である旨主張する。

しかし、限定承認があっても、相続人は被相続人が相続開始時に有していた権利義務を承継するもので、ただその責任が相続財産の範囲に限定されるにすぎないものであって、共同相続人が限定承認をして相続財産管理人が選任されたときは同人が相続財産につき管理・清算を行い相続債務の弁済をなすものであるが、その場合でも相続財産の帰属主体は相続人であり、右の相続債務の存否及び範囲につき争いがあるときは、相続債権者は相続人を相手方とする訴訟によってこれを決すべきものであって相続人が右訴訟につき当事者適格を有することはいうまでもないところであるから、右被告らの主張は理由がない。

二  《証拠省略》によれば、請求原因1の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  《証拠省略》によれば、太郎、被告一郎は、昭和五一年三月一五日、原告に対し、被告会社の原告に対する本件契約に基づく債務につき連帯保証したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告二郎が、同年六月四日、原告に対し、被告会社の原告に対する本件契約に基づく債務につき連帯保証したことは、原告と被告二郎間に争いがない。

四  《証拠省略》によれば、請求原因3及び4の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

五  請求原因5の事実のうち、太郎が昭和五五年四月二八日死亡したこと、被告一郎、同夏子、同秋子、同春枝、同夏枝が太郎の相続人であることは当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によれば、太郎には子として被告一郎、同夏子、同秋子のほかに長女春子がいたが、春子は相続開始前の昭和五〇年一月一二日死亡し、被告春枝、同夏枝は春子の子であって太郎を代襲相続したことが認められる。

そうすると、右各相続人らの相続分は、被告一郎、同夏子、同秋子が各四分の一、被告春枝、同夏枝が各八分の一となる。

六  そこで、被告夏子、同秋子、同春枝、同夏枝の抗弁について判断する。

右被告らが太郎の死亡後三年一〇か月以上経過した昭和五九年三月一九日大阪家庭裁判所堺支部に限定承認の申述をなし、これが受理されたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件契約締結当時の被告会社の代表取締役は太郎であり、右契約締結に際し、太郎と被告一郎が被告会社の原告に対する債務につき連帯保証人となり、太郎死亡後の昭和五五年五月二三日、被告一郎は被告会社の代表取締役に、同夏子、同秋子はいずれも取締役に就任した。

2  太郎は、昭和五一年三月一五日、被告会社の原告に対する債務を担保するため太郎所有の本件土地に極度額一億三〇〇〇万円の根抵当権を設定した。被告一郎、同夏子、同秋子、同春枝、同夏枝は、太郎死亡による相続により本件土地所有権を取得し、昭和五七年二月三日、乙山松夫に対し、本件土地を、丙川殖産株式会社がその所有する本件土地の隣地と、右土地と本件土地上に存する店舗とを賃貸するに際して、同時に賃貸した。原告は、被告会社に対する貸金債権等の弁済に充てるため大阪地方裁判所堺支部に対し、本件土地につき前記根抵当権に基づき競売の申立をなし、同年七月一九日、同裁判所で不動産競売開始決定がなされ、右競売開始決定正本は同月二四日右被告一郎らに送達された。なお、被告一郎らはいずれも被告会社の本店所在地でもある肩書住所地で同居して生活し(太郎も死亡時まで同居)、被告春枝(昭和四三年二月一三日生)、同夏枝(昭和四五年五月二〇日生)はいずれも未成年で父の被告一郎がその親権者である(母の甲野春子は昭和五〇年一月一二日死亡)。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、民法九一五条一項本文の定める単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについての三か月のいわゆる熟慮期間は、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知った場合であっても、右各事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である(最高二小昭和五九・四・二七判決)。

しかるところ、前記認定の事実によると、被告一郎は、太郎とともに本件契約締結に際し被告会社の原告に対する債務の連帯保証人になり、太郎死亡後は被告会社の代表取締役に就任して被告会社の経営に当り、被告夏子、同秋子も被告会社の取締役に就任していること、被告一郎らは太郎の生前からその死亡まで被告会社の本店所在地でもある肩書住所地で同人と同居して生活していたこと、被告一郎らは太郎の相続財産である本件土地を同人の死亡後乙山松夫に賃貸したこと、昭和五七年七月には本件貸付債権を被担保債権として右土地につき競売開始決定を受けたこと等の事情がうかがわれ、これらの事情を総合すると、被告一郎(同春枝、同夏枝の法定代理人でもある。)、同夏子、同秋子はいずれも太郎の死亡当時同人が被告会社の代表取締役として、積極、消極の財産を有していたことを当然知っていたものと推認されるし、また、たとえ同被告らが太郎に相続財産が存しないと信じていたとしても、同被告らが太郎の相続財産の有無を調査することは極めて容易であると考えられるから、同被告らが右のように信ずるについて相当な理由があると認めることも到底できない。

そうすると、本件における熟慮期間は原則どおり被告一郎らが亡太郎の死亡のためその相続人となったことを知った時(昭和五五年四月二八日)から起算すべきであるから、被告一郎らの前記限定承認の申述は熟慮期間を徒過してなされたもので無効であるというべきであり、右限定承認の申述につき家庭裁判所の受理があったとしても、相続債権者たる原告がその効力を通常訴訟で争うことのできることはいうまでもないところである。

したがって、被告夏子らの右抗弁は理由がない。

七  よって、原告の被告らに対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 朴木俊彦 川野雅樹)

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